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湘南理工学舎
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2022/05/03

 楽しく学ぶ…熱力学

 エントロピー(2) 積分因子と状態量

状態量ではない\(~d'Q~\)を\(~T~\)で割ると, 何故, 状態量\(~dS~\)になるのか?
完全微分方程式と積分因子 用語が入り組んでいてややこしい。
クラウジウスの不等式では, 状態量ではない\(~dq'~\)を強引に積分してしまった。実は不完全微分である\(~dq'~\)も, ある操作をすることで積分出来ることが数学で証明されている。それがこれから説明する「積分因子」である。

全微分と全微分方程式
 微分方程式は, \(y'=f(x,y)~\)を, 変数分離形, 同時形, 非斉次方程式における定数変化法等の様々なテクニックを駆使して\(~f(x,y)~\)を求める。
\(y=f(x)~\)という形で求まるのはむしろ稀で, \(f(x,y)=0~\)という形の方が多い。そこで\(~x,y~\)を対等に扱って \[P(x,y)dx+Q(x,y)dy=0 \tag{1}\] とした方が便利な場合が多い。(1)式の左辺を1次微分形式(または1形式, 厳密には外積(ウェッジ積)を用いて定義される.), (1)式を全微分方程式と呼ぶ。
名前の由来は, 関数\(~f(x,y)~\)に対し, \(\displaystyle df=\dd{f}{x}dx+\dd{f}{y}dy~\)を全微分と呼ぶからである。

 (1)式は \(\displaystyle \frac{dy}{dx}=-\frac{P(x,y)}{Q(x,y)}=f(x,y)\) とすれば, 従来の微分方程式と何ら変わらない。ここでもし \[\dd{\Phi(x,y)}{x}=P(x,y),\;\dd{\Phi(x,y)}{y}=Q(x,y) \tag{2} \] なる関数\(~\Phi(x,y)~\)が都合よく見つかったとすれば, \(\Phi(x,y)~\)の全微分\(~d\Phi(x,y)~\)は \[\begin{align} d\Phi(x,y)&=\dd{\Phi(x,y)}{x}dx+\dd{\Phi(x,y)}{y}dy \\ &=P(x,y)dx+Q(x,y)dy \end{align} \] であるから, (1)式は \[d\Phi(x,y)=0 \] と書くことができ, これから直ちに, \(C~\)を任意の定数として, \[\Phi(x,y)=C \] と解を求めることが出来る。
 (2)式を満たすような関数\(~\Phi~\)が存在するとき, 全微分方程式(1)は完全微分形であると言い, (1)式を完全微分方程式と呼ぶ。
個人的には「完全な全微分方程式\(~=~\)完全全微分方程式」の方が良さそうな気がするが!

例1 具体例を示そう。全微分方程式, \[2xy^3dx+3x^2y^2dy=0 \tag{3}\] をじっと眺めて \[\Phi(x,y)=x^2y^3 \] を得たとする。 \[d\Phi(x,y)=2xy^3dx+3x^2y^2dy \] であるから(3)式は完全微分方程式で, その解は\(~\Phi(x,y)=C~\)より, \[x^2y^3=C\] である。ところで(3)式を\(~xy^2~\)で除した \[2ydx+3xdy=0 \tag{4} \] も同様の方法で解を求められるのであろうか?答えは否である。

 (4)式を満たす\(~\Phi(x,y)~\)が存在するのは, \[\dd{P(x,y)}{y}=\dd{P(x,y)}{x} \tag{5} \] が成り立つ時である。実際に(3)式の場合, \[\dd{}{y}(2xy^3)=6xy^2,\quad \dd{}{x}(3x^{2}y^2)=6xy^2 \] で, (5)式が成り立っている。(4)式の場合は\(~\partial (2y)/\partial y=2,\;\partial (3x)/\partial x=3~\)で(5)式は成り立っていない。
つまり(4)式は全微分方程式ではあるが, 完全微分方程式ではない。
もっとも(4)式程度であれば, 変数分離で簡単に解が求まる。 \[\begin{align} 2\frac{dx}{x}+3\frac{dy}{y}&=0 \\ logx^2+logy^3&=C \\ x^2y^3&=C \end{align} \] 同じ結果が得られた。

例2 例1では全微分形でも, 変数分離形でも解は得られた。 \[(2x+2xy^2)dx+2x^2ydy=0\tag{6} \] (6)式をじっと眺めて, \[\Phi(x,y)=x^2+x^2y^2 \] を得たとすると, \[d\Phi(x,y)=(2x+2xy^2)dx+2x^2ydy \] だから, (6)式は完全微分方程式で, 解は\(~\Phi(x,y)=C~\)より, \[x^2+x^2y^2=C \] である。
 普通は(6)式を見れば, 両辺を\(~2x~\)で除して, \[(1+y^2)dx+xydy=0 \] とするだろう。しかしこの微分方程式は \[\frac{dy}{dx}=-\frac{1+y^2}{xy} \] としてみれば, ここから解\(~x^2+x^2y^2=C~\)を得るのは容易ではない。

完全微分方程式となる条件 クラウジウスは1850年時点で言及しており, エントロピーとの関連に気づいていた。
 上述の例ではいきなり具体例を示したが, もう少し一般的に整理しよう。命題は \[P(x,y)dx+Q(x,y)dy=0 \tag{1}\] が完全微分方程式となる。つまり \[\dd{\Phi(x,y)}{x}=P(x,y),\;\dd{\Phi(x,y)}{y}=Q(x,y) \tag{2} \] なる\(~\Phi(x,y)~\)が存在するための必要十分条件は \[\dd{P(x,y)}{y}=\dd{Q(x,y)}{x} \tag{5} \] が成り立つことである。

必要条件 (2)\(\to\)(5)
 こちらは簡単で,
\[\dd{P(x,y)}{y}=\frac{\partial^2\Phi(x,y)}{\partial y\partial x}=\frac{\partial^2\Phi(x,y)}{\partial x\partial y}=\dd{Q(x,y)}{x} \] である。

十分条件 (5)\(\to\)(2) クラウジウス1864年論文での証明法。
こちらは面倒であるが, 一般解に繋がるのでやってみよう。しばらく\(~P(x,y),\;Q(x,y)~\)を\(~P,\;Q~\)と表す。
 \(g(y)~\)を\(~y~\)のみの関数とすると, \(\displaystyle \Phi=\int Pdx+g(y)~\)は\(~\displaystyle \dd{\Phi}{x}=P~\)を満たす。よって\(~g'(y)~\)は \[\begin{align} Q&=\dd{\Phi}{y}\\    &=\frac{\partial}{\partial y}\left[\int Pdx +g(y)\right] \\ &=\frac{\partial}{\partial y}\int Pdx +g'(y) \end{align}\] より, \[g'(y)=Q-\frac{\partial}{\partial y}\int Pdx\tag{7} \] を得る。もし, これが\(~y~\)だけの関数であれば, (7)式を積分して\(~g(y)~\)が求められるが, どうやって確かめるか?
上式の右辺を\(~x~\)で偏微分して\(~0~\)ならば\(~g'(y)~\)は\(~y~\)だけの関数であることがわかる。やってみよう。 \[\begin{align} \dd{}{x}\left(Q-\dd{}{y}\int Pdx\right)&=\dd{Q}{x}-\dd{}{x}\dd{}{y}\int Pdx\\ &=\dd{Q}{x}-\dd{}{y}\int \dd{P}{x}dx \\ &=\dd{Q}{x}-\dd{P}{y} \\ &=0 \end{align}\] よって, (7)式を\(~y~\)で積分して, \[g(y)=\int\left(Q-\dd{}{y}\int Pdx\right)dy \] これより\(\Phi(x,y)~\)は \[\Phi(x,y)=\int P(x,y)dx+\int \left(Q(x,y)-\dd{}{y}\int P(x,y)dx\right)dy=C \] と求められる。以上より \[\dd{P(x,y)}{y}=\dd{Q(x,y)}{x} \tag{5} \] は全微分方程式 \[P(x,y)dx+Q(x,y)dy=0 \tag{1}\] が, 完全微分方程式となるための必要十分条件である。((1)式と(2)式は同値である.)

 以前の例, (3)式\(~2xy^3dx+3x^2y^2dy=0~\) の場合, \[\dd{}{y}(2xy^3)=6xy^2,\quad \dd{}{x}(3x^{2}y^2)=6xy^2 \] で等しいので(3)式は完全微分方程式である。(4)式の場合は成り立っていないのは前に見たとおりである。

積分因子
 全微分方程式 \[P(x,y)dx+Q(x,y)dy=0 \tag{1}\] に対し関数, \(M(x,y)~\)があり, \[M(x,y)P(x,y)dx+M(x,y)Q(x,y)dx=0 \tag{6} \] が完全微分形になる時, \(M(x,y)~\)を(1)の積分因子と呼ぶ。

 (4)式\(~2ydx+3xdy=0~\)では\(~\partial (2y)/\partial y=2,\;\partial (3x)/\partial x=3~\)であるから, 完全微分方程式ではない。
(4)式の両辺に\(~~xy^2~\)をかけると(3)式, \(2xy^3dx+3x^2y^2dy=0~\)が得られ, これは完全微分方程式であることは前に見たとおりである。
すなわち, \(M(x,y)=xy^2~\)は全微分方程式, \(2ydx+3xdy=0~\)の積分因子である。
 因みに(3)式の解は \[\Phi(x,y)=x^2y^3=C \] であった。

 積分因子を見つけることは, 一般には容易ではないが, \(M(x,y)=x^m y^n~\)の形をしているときは簡単に求められる。
  \(2ydx+3xdy=0~\)に\(~x^m y^n~\)を乗ずれば \[2x^my^{n+1}dx+3x^{m+1}y^ndy=0 \] これに完全微分形の条件(5)を当てはめると, \[2(n+1)x^m y^n=3(m+1)x^m y^n \] より, \[2(n+1)=3(m+1),\;m=1, n=2 \] 積分因子(の一つ)は\(~xy^2~\)であり, これを乗ずることによって, \[\Phi(x,y)=x^2 y^3 \] と置けば, \(\Phi(x,y)=C~\), すなわち \[x^2 y^3=C\quad (Cは任意の定数)\] が解であることが分かる。
エントロピーと積分因子 クラウジウスもトムソン(ケルビン卿)も気付いていた。

 トムソン(ケルビン卿)はカルノーの原理「可逆機関の熱効率は熱源の温度のみに依存する」から, 直観によって絶対温度\(~T~\)を導入した。 \[\frac{Q_H}{T_H}=\frac{Q_L}{T_L} \] クラウジウスは, この\(~T~\)には更に深い意味があることに気づいた。
すなわちクラウジウスの不等式\(~\displaystyle \int\frac{d'q}{T}\le 0~\)における\(~\displaystyle \frac{1}{T}~\)は, \(~(d'q)~\)の純粋に数学的な積分因子である。1850年のことである。やや遅れてトムソン(ケルビン卿)も数学的な意味に気づいた。

理想気体における\(~d'q~\)の積分因子
 熱力学第一法則\(~dU=d'q+d'W~\)より \[d'q=C_VdT+pdV\tag{7} \] \[\left(\dd{C_V}{V}\right)_T=0\neq \left(\dd{p}{T}\right)_V(=\frac{nR}{V}) \] より(7)式右辺は完全微分形ではない。ここで, 積分因子を\(~\lambda(T,V)~\)とせず, \(~\lambda(T)~\), すなわち\(~T~\)のみの関数と仮定する。
 この仮定は, 自然な気もするが, 厳密な議論はかなりややこしい。F-Nの高校物理参照。
クラウジウス, トムソン(ケルビン卿)は絶対温度\(~T~\)に対する深い理解から, こう仮定したとだけ言っておこう。
 (7)式の両辺に\(~\lambda(T)~\)をかけて, \[\lambda(T)d'q=\lambda(T)C_VdT+\lambda(T)pdV\tag{8} \] (8)式が完全微分形であるためには \[\left(\dd{}{V}(\lambda(T)C_V)\right)_T=\left(\dd{}{T}(\lambda(T)p)\right)_V \] でなければならない。\(~\lambda(T)~\)も\(~C_V~\)も\(~V~\)の関数ではないから, 上式左辺は 0 で, \[\begin{align} 0&=\lambda(T)\left(\dd{p}{T}\right)_V+p\left(\dd{}{T}\lambda(T)\right)_V \\ &=\lambda(T)\frac{nR}{V}+\frac{nRT}{V}\left(\dd{}{T}\lambda(T)\right)_V \end{align} \] を得る。両辺を\(~nR/V~\)で除して(\(~\lambda(T)~\)は\(~T~\)のみの関数なので, 偏微分を常微分とした.), \[\begin{align} &T\frac{d\lambda(T)}{dT}+\lambda(T)=0 \\ &\frac{d\lambda(T)}{\lambda(T)}=-\frac{dT}{T}\\ &log\lambda(T)=logT^{-1} \end{align} \] より積分因子 \[\lambda(T)=\frac{1}{T}\tag{9} \] を得る。従って \[dS\equiv \frac{d'q}{T}=\frac{C_V}{T}dT+\frac{nR}{V}dV \] は完全微分である。これより積分経路によらない状態量, \[\int_{A}^{B} \frac{d'q_{rev}}{T}=S(B)-S(A) \] エントロピー\(~S~\)を求められる。
 状態量のさらに厳密な定義は, 状態量・グリーンの定理で触れる。あるいは, 直観的に理解できる, 曲面を使った詳細な理由が F-N の高校物理で解説されています。

 絶対温度が深く関わった事項を, 理想気体で検証するのは循環論法になるので注意が必要である。
(9)式が案外簡単に求まるような印象があるが, クラウジウスがトムソン(ケルビン卿)が導いた絶対温度の逆数こそが積分因子であることに「薄々気づいた」のは1850年。明確に認識し, 論文に著したのは1854年である。トムソン自身もクラウジウスに僅か遅れたが, 1851年に気づいた。
 そして完全微分\(~ds=d'q/T~\)を可逆変化に沿って積分することで, 真の状態量\(~S~\)を確立し, エントロピーと名付けたのは1865年であり, 天才を以てしても, 長い時間が必要だった。

coffe

[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!

 積分因子\(~1/T~\)の説明は多いが, 導出は教科書, ネット記事でも意外と見当たらない。理想気体での検証は多分循環論法だろうなと思いつつ, あれこれ計算を始めた。 \(x=x~\)のような結果が何回か出てきたが, それらしき数式が脳裏をかすめる。大天才のクラウジウスもトムソンも, 最初は数学と温度と熱が渾然一体となって脳裏を駆け巡ったんだろうなと想像した。