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湘南理工学舎
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2022/06/01

 楽しく学ぶ…熱力学

 熱力学関数の幾何学(1) 平衡曲面

熱力学関数は幾何学的構造を持つ。ギブス以外で重要性に気が付いたのはマックスウェルだけだった。
熱力学状態量曲面 ギブスは「熱力学的表面」と呼んだ。

状態量U(S,V) 状態量は“他の状態量”を変数とした関数になる。
ギブスの基本方程式のうち, ギブスが最も重要と指摘した\(~U(S,V)~\)の性質を調べよう。
しかしここで熱力学の限界に直面する。内部エネルギー\(~U~\)は温度のみの関数であることは分かるが, 定圧比熱\(~C_V~\)が分からないので, \(U=k_1T~\)なのか, \(U=k_2\sqrt{T}~\)なのかその形を決めることは出来ない。
 そこで, より定量的に分るエントロピーを用いて\(~S(T,V)~\)について求め, その後\(~T\to U~\)とする。\(U~\)より\(~S~\)の方が解析的であるのは面白い。
 熱力学第一法則より, \[\begin{align} dU&=TdS-pdV \\ TdS&=dU+pdV \\ &=\left\{\left(\dd{U}{T}\right)_VdT+\left(\dd{U}{V}\right)_TdV\right\}+pdV \\ &=\left\{\left(\dd{U}{T}\right)_VdT+0\cdot dV\right\}+pdV \\ &=\left(\dd{Q}{T}\right)_VdT+\frac{nRT}{V}dV \\ &=nC_VdT+\frac{nRT}{V}dV \\ dS&=nC_V\frac{dT}{T}+nR\frac{dV}{V} \tag{1} \end{align} \] (1)式は, \(dU=d'q-pdV\), および\(~dU=C_VdT,\;d'q=TdS~\)から簡単に求まるが, 歴史をたどって丁寧に書いてみた。
 内部エネルギーは温度のみの関数だから, 3番目の式の右辺, 中カッコの2番目の式は 0 となる。
これを\(~S_0(T_0,V_0)~\)から\(~S(T,V)~\)まで可逆過程に沿って線積分する。 \[\int_{S_0}^{S}dS=nC_V\int_{T_0}^{T}\frac{dT}{T}+nR\int_{V_0}^{V}\frac{dV}{V} \] より \[S(T,V)-S_0=nC_Vlog\frac{T}{T_0}+nRlog\frac{V}{V_0} \tag{2} \] を得る。さて求めたいのは\(~U(S,V)~\)である。\(n=1~\)モルとして, \(dU=C_VdT~\), \(T=U/C_V~\)として(2)式に代入すると, \[\begin{align} S(U/C_V,V)-S_0&=C_Vlog\frac{U}{U_0}+Rlog\frac{V}{V_0} \\ &=R\left[\frac{C_V}{R}log\frac{U}{U_0}+log\frac{V}{V_0}\right] \\ &=Rlog\left[\left(\frac{U}{U_0}\right)^{\frac{C_V}{R}}\left(\frac{V}{V_0} \right)\right] \tag{3} \\ \end{align} \] を得る。熱力学の範囲では\(~C_V~\)の温度依存性は計算出来ないが, 経験的には温度依存性は無い。
 なお, 分子運動論の助けを借りると, 明快に結果を得られる。やって見よう。粒子数を\(~N~\)とする。
\[dU=TdS-pdV \] の両辺を\(~T~\)で割って \[dS=\frac{1}{T}dU+\frac{p}{T}dV \] および \[U=\frac{3}{2}Nk_BT,\quad pV=Nk_BT\] より \[dS=\frac{3}{2}Nk_B\frac{dU}{U}+Nk_B\frac{dV}{V}\] を\(~S_0(U_0,V_0)~\)から\(~S(U,V)~\)まで積分する。\(N=N_A~\)(アボガドロ数)とすれば, \(Nk_B=R~\)だから \[S(U,V)-S_0=Rlog\left[\left(\frac{U}{U_0}\right)^{\frac{3}{2}}\left(\frac{V}{V_0} \right)\right] \] を得る。(3)式において, \(n=1,C_V=3/2R~\)とした結果と一致する。

U(S,V)の状態量曲面 ギブスが到達した幾何学。
 ギブスは(3)式によって思考を深めたのであろう。\(U(S,V)~\)の様子を調べて見よう。(3)式より, \[\begin{align} Rlog\left(\frac{U}{U_0}\right)^{\frac{C_V}{R}}&=(S-S_0)-Rlog\left(\frac{V}{V_0}\right) \\ logU&=\frac{1}{C_V}(S-RlogV)+const.\\ U(S,V)&=Ke^{\frac{1}{C_V}(S-RlogV)} \tag{4} \end{align} \] \(K~\)は定数である。因みに, ギブスの第二論文(1873年4月)「流体の熱力学に於ける図式的方法」では
\[U(S,V)=U_0\left(\frac{V_0}{V}\right)^{\frac{R}{C_V}}exp\left(\frac{S-S_0}{C_V}\right) \] となっている。(4)式から, \[\begin{align} T&=\left(\dd{U}{S}\right)_V=K\frac{1}{C_V}e^{\frac{1}{C_V}(S-logV)}=\frac{U}{C_V} \tag{5}\\ -p&=\left(\dd{U}{V}\right)_S=K\left(-\frac{R}{V}\right)\frac{1}{C_V}e^{\frac{1}{C_V}(S-logV)}=-\frac{RU}{C_VV} \tag{6} \end{align} \] 熱力学はここまでであるが, (5), (6)式に\(~\displaystyle U=\frac{3}{2}RT,\;C_V=\frac{3}{2}R~\)を代入すれば, よく知られた結果が得られる。

 (4)式の表す\(~(U,S,V)~\)の集合を平衡曲面と呼ぶ。平衡曲面上の1点は一つの平衡状態を著わす。準静的変化とは平衡曲面上の移動と言える。
あるいは, 系は外界との熱や仕事のやり取りによって, 状態\(~(U_0,S_0,V_0)~\)から新たな状態\(~(U,S,V)~\)に移行していく。その時生じる状態点の変動は\(~(U,S,V)~\)空間の一つの曲面\(~U(S,V)~\)を構成する, と言っても良い。
U(S,V)
\(U(S,V)~\)平衡曲面

平衡曲面と\(~S=0~\)面, \(V=V_0~\)面で囲まれた内部が現実の状態(非平衡状態)である。曲面より上が非平衡状態を表す。
すなわち, 平衡状態は与えられたU(S,V) のもとでエネルギー U が最小の状態である。

平衡曲面の性質をチェックしておこう。
下に凸な関数(1) \(U(S,V_0)~\)
 \(U(S,V)~\)平衡曲面の\(~V=V_0=~\)(一定) の切り口曲線(青色破線)を見て見よう。
U(S,V)
(4)式で\(~V=V_0~\)(一定)とすると,\(~K'~\)を新しい定数として, \[U=K'e^{\frac{S}{C_V}}\tag{7} \] であり, 明らかに下に凸の関数である。もう少し熱力学らしい言い方をすると, \[\left(\dd{U}{S}\right)_V=T\gt 0 \] より, 単調増加である。数式解(7)が分からなくとも, 熱力学第二法則から次の様に理解される。
 系に熱(エントロピー)が流入すると温度が高くなる、流入し続けるためには, 外界の熱源の温度を次々と高くしなければならない(第二法則:熱は高いところから低い所へ流れる)。同じ熱量\(~\varDelta Q~\)を流入させるには、温度が高い時ほど温度差\(~\varDelta T~\)を大きくしなければならない。すなわち\(~U(S)~\)曲線の勾配\(~(=T)\)がより大きくなり, 下に凸となる。
 因みに\(~V=V_0~\)(定積過程)の時, \(\rm U~\)軸上の切片が\(~\rm H_0~\)であり, \(U~\)から一回のルジャンドル変換で得られる。自由エネルギー参照。

下に凸な関数(2) \(U(S_0,V)~\)
 今度は\(U(S,V)~\)平衡曲面の\(~S=~\)一定\(~(=S_0)~\)の切り口曲線(赤色破線)を見てみよう。
U(S,V)
(4)式より,\(~K''~\)を定数として, \[U=K''\frac{1}{V}\] となり, 下に凸な関数である。これも熱力学らしく言うと, \[\left(\dd{U}{V}\right)_S=-p\lt 0 \] で単調減少である。こちらは熱力学第一法則から, 次の様に説明される。
 \(S=~\)一定\(~(=S_0)~\), つまり断熱膨張で仕事が取り出されると, \(U~\)が減少し, 温度, 圧力が下がる。
仕事を取り出し続けるためには, 外界の圧力を下げ続けなければならない。温度は状態方程式に則って決まる。つまり同じ\(~\varDelta U~\)だけ減少させるには\(~\varDelta V~\)を大きくしなければならない。すなわち\(~U(V)~\)曲線の勾配が小さくなり, 下に凸となる。
 因みに\(~S=S_0~\)(可逆断熱過程)の時, \(\rm U~\)軸上の切片が\(~\rm H_0~\)であり, \(U~\)から一回のルジャンドル変換で得られる。自由エネルギー参照。

 以上より熱力学関数\(~U(S,V)~\)は下に凸な曲面を形成する事が分かる。数式解がなくとも説明はつくのが興味深い。
また, 温度\(~T~\)はエネルギー保存則ではなく, 自然現象の不可逆性を説明する熱力学第二法則と密接に関係していることが改めて分かる。

状態量S(U,V)曲面
 状態量\(~S(U,V)~\)曲面を示しておこう。\(U(S,V)~\)曲面の座標を回転させただけなので, 特に目新しい事は無い。
U(S,V)
\(S(U,V)~\)平衡曲面

 \(U-V~\)平面を地面とすると, 平衡曲面はその上に作られた「ドーム」の屋根のようになる。この「ドーム」の中が現実に存在する非平衡状態である。
すなわち, 平衡状態は与えられたS(U,V) のもとでエントロピー S が最大の状態である。

水の熱力学的表面 あのマックスウェルが計算した。
U(S,V)
本文中の\(~U,\;S,\;V~\)は, \(U\to e,\;S\to\phi,\;V\to v ~\)となっている。以下はマックスウェルが, 1875年7月15日, Thomas Andrews へ宛てた手紙である。

 "J.ウィラードギブス教授(イェール大学コネチカット州)の熱力学におけるグラフィカルな方法をご存知だと思います。昨年の冬, 私は彼が提案する表面のモデル化を何度か試みました。この3つの座標は, 体積, エントロピー, エネルギーです。"
 エントロピーに関する数値データは, ほとんどの物体にとって非常に不十分なデータから統合することによってのみ取得できます。さらに, \(\rm {CO_2}~\)などのすべての特徴を適切に表現するには, 非常に扱いにくいモデルが必要になるため, 私は試みませんでした。
 精度はありますが, 液体の場合よりも固体の場合の方が体積が大きい架空の物質をモデル化しています。そして, 水の場合のように, 飽和蒸気は圧縮によって過熱されます。ついに石膏ギプスを手に入れたとき, その形の大まかな動きを得るために, 同じ圧力と温度の線をその上に描きました。これは, モデルを日光に当て, 光線が表面をかすめたときに曲線をトレースすることによって行いました...これらの線のスケッチを送信します...」"

coffe

[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!


 浅学菲才の筆者は, 平衡状態曲面を理解するのに, 随分と長い時間を必要とした。天才マックスウェルはギブスの論文が出るや否や, 水の熱力学表面を計算し, 石膏模型を作った。それを光にかざして写し取った。天才達は本当に凄い。そう言えば, カール・シュヴァルツシルトも戦下の営巣テントの中で重力場方程式を解いた。